夜のバス停で途方に暮れていたら車掌さんに助けてもらった話

こんにちはぶんたです。

今は千葉の浜金谷で田舎フリーランス養成講座を1ヶ月間やっているのですが、諸事情で大阪に行く用事があり一昨日の夜金谷を出ました。

電車は1時間に1本の田舎で新幹線の出る都心に行くまで2時間半ほどかかります。

先日「バスの方が楽だし早い」という話を聞いたので今回は途中まで電車、途中から東京駅までバスで行くことにしました。

 

降りたのは上総湊駅。金谷から電車で10分の駅で、ここから東京行きのバスが出ています。

駅は無人。外灯も少なく、ほとんど人も見ないような中、僕は19:47にやってくるバスを待っていました。

 

しかし、時間を過ぎてもバスは一向に来る気配を見せません。

「あれ、なんか間違えたかな…」

と思いながら駅前のバス停で待っていると、明らかに高速バスではない路線バスが20時手前でやってきました。

 

なんかおかしいなと思いながらバスに向かうと車掌さんが「今日はもう終わりだよ」と言います。

「あれ?僕東京に向かうバスに乗りたいのですが…」

「東京行きのバスはこっから少し歩いたとこにあるバス停だよ。ありゃー、もう過ぎちゃっただろうねえ」

ゾッとする僕。1時間に1本しか電車も来ないような田舎の駅で、見事に東京行きの手段を逃してしまいました…。

 

落胆し、1時間後の電車で東京向かうしかないか…何時になるんだろ…と思っていると「君津まで乗せてってやるよ。ちょっと待ってろ〜」と車掌さん。

そのままお言葉に甘えて家に帰る車掌さんの車に乗せてもらうことになりました。

どうやら君津からは何本もバスが出ているそうで、まだ間に合うのではとのことでした。

 

知らない人の車に乗せてもらう経験は初めてです。

ヒッチハイクは憧れるけどしたこともなく、ぶっちゃけめちゃくちゃ緊張しました。

「どうせなら若い女の子乗せたかったなあ!アハハハ!」

「はは..はは。。」

はい、完全にコミュ障です。

それでも何かしら話をして場を和ませないとと思い、僕は軽く自己紹介をしました。

「若いって良いねえ」

そう言いながら聞いてくれる車掌さんはとても優しい人でした。

 

しばらく色々な話をした後、僕が参画しているNPOが若い人の受け入れをしているという話をしました。

今の若い人はうつ病になる人も多く、想像以上に悩んでいる人がたくさんいるという話をして、単純にどんな反応になるか聞きたかったのです。

ただ、こういった話を年代が上の人にすると「若い奴らは根性が足りねえ!!」という話をほとんどの人にされてきたのでこの人もそう思うだろうかと思いながら聞きました。

 

すると、僕の予想とは違う言葉が返ってきたのです。

 

「俺は後死ぬだけだからさ」

 

「確かに今の若い子らは悩みすぎだよ。俺は頭が悪いからよくわかんねえけど、悩むために考えるくらいなら、動けばいいんだ」

 

「俺は定年なのに働いてもう70になるんだ。だからあとは死ぬだけだろ?」

「だからこそ、今を生きてるんだ。明日のことなんか考えない。いつ死ぬかわかんない。だから、今だけ、今日だけを楽しく生きるんだ」

 

「でもあんたらは違う」

 

「まだ若いんだから未来があんだろ?希望を持って今を生きればいい」

 

こんなことを言われるなんて全く思ってもいなかったので、僕はこの時少しじわっと来ました。

 

そんな話をしている内に君津に到着。

田舎のバス停で途方にくれていた僕を助けてくれた車掌さんに何かお礼がしたくて、僕は車を降りる前に住所と電話番号を聞きました。

 

「いんだよそんなもんは」

「若い人がイキイキとしてるだけで嬉しいんだから」

 

「明日からまた頑張れよ」と言い残し、車掌さんの車はスーッと消えていきました。

 

こうして、親切な車掌さんに助けられそこまで遅れることもなく東京へ向かうことができた僕。

今でもあの時の会話は耳に残っていて、それと同時にとても不思議な気分になりました。

 

車掌さんには僕と同い年のお孫さんがいるそうで、そんな孫が悩むのを見て僕に伝えてくれたようなことを考えていたそうです。

世代が違う人には僕たちが生き方に悩む理由はわかりません。

それでも、そんな僕らを頭ごなしに否定せず、わからないならわからないなりに認めて言葉を差し伸べてくれる存在はまだまだいるんだなと、そんな気にさせてくれました。

 

僕らもいつか車掌さんの年になった時に同じことを考えるかと思います。

次の世代、次の次の世代の言葉や考えがわからなくなっても、寛容に受け容れて、大きく道を示せるような。

そんな存在になりたいです。