いつまでもアフタースクール

放課後が待ち遠しかった学校生活。ぼくにとっては今も放課後。だから楽しく生きていけます。主にオピニオン、10代20代への起業論を発信していきます。

誰かに優しくした分だけ自分にも優しく出来てますか?

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こんにちは起業家ブロガーのぶんたです。

今日はガッツリオピニオンも書いていこうと思っています。今回は「優しさ」について。

 

「文太はさあ、優しいよね」

 

先日ぼそっとそう言われました。ぼく自身は自分のことを優しいだなんて思ったことはないです。酷く合理主義だし、自分勝手だし、なんなら厳しいくらいだし。そう思って自分を俯瞰していたのでこの言葉をかけられた時ぼくは少し驚きました。何が優しいんだろうか。周りから見ると優しいのかな?もちろん今でも自分は優しいとかそんなことは思ってはいませんし、別に変に優しくなろうとかそんな意識もしていません。

ただこの言葉をかけてもらった時から「優しさ」ってなんだろうと自問自答するようになりました。今日はぼくが考えた「優しさ」について書いていきます。

 

 

優しさってなんだろう

ぼくの周りには優しい人がたくさんいます。起業当時から付き合いのある社長さん方もそうです。普段一緒に働いてくれている方たちも、例えばこのブログを通じて知り合った人たちも。だから優しい人って聞かれるとたくさん色んな人の顔が目に浮かびます。この人!ってのは選べません。そのくらい優しさで満ち溢れている気がするからです。

ぼくはそんな人たちを見て、自分もこういう風に出来たらいいなと思っていました。出来ているかはわかりませんが、少しずつ普段の生活の態度も変えてきたつもりです。それでもいくら真似をしたところで本当に優しいなって思う人たちはとっても優しくて、ぼくには到底辿り着けないような長過ぎる道のりが見えました。やっぱりどこかで合理的になってしまう自分がいて。そんな一長一短で身につくものではないし、いつの日か特に気にしないようになりました。

最近なんとなく意識し始めてからは、ああそういえばこういう人のこういうところが優しいなって感じたんだよなって思うようになってぼくはまた優しさを見返すようになりました。

今までの優しいを振り返ると、なんだかふとした時の人間味のある行動に優しさって宿るんじゃないかなって思います。ふとした時、意図せぬ時ほど、普段取り繕っている人は何も発揮できなくなります。でも本当に優しい人はそんな時こそ素晴らしい行動をして誰かのために動きます。きっとそれは無意識に染み付いているのでしょう。この「無意識に誰かを救う」という行為が優しさの原点なのかなとぼくは思いました。

 

誰にでも優しくすることへの疑問

そう考えてみるとぼくは本当に優しいのかやっぱり疑問でした。なんとなく合理的に考えてしまうときがあります。ぼくは本当に「優しいよね」と言われるような人間なんでしょうか。

無意識に行動するときは、なんとかしてあげたいなって感じた瞬間です。そういう時は相手のために何かできることはないか、自分でやれることはないか。すごく考えます。でもこれって本当に優しさなんでしょうか。どちらかというと承認欲求の方が大きいと思います。ぼく自身やっぱり自分を優しいとは思えません。

そう思うとなんだか誰にでも優しい人を見てると、大変だなって感じてきたんです。この人達は誰にでも優しい代わりに自分には優しく出来ていないんじゃないかな。なんとなくそう感じました。もう少し自分勝手に生きてもいいんじゃないかな。ぼくがそう思ったのには少し理由があります。

 

優しくすることの代償

以前関わっていた会社にとても人当たりがよく誰にでも優しい社員さんがいました。彼は本当に気が利くし、周りからの人望も厚く文字通り優しい人でした。でもぼくは彼が1人で仕事を引き受けてしまったり、他人の面倒を見過ぎて自分の事にリソースを割けなくなったり、溜め込んでグッとストレスを抱えてしまっているのも知っていました。時々彼とは2人で会って話を聞いたりしましたが、大丈夫だよと言うばかり。大丈夫じゃないのはしっかり彼を見ていればわかるはずなんです。みんな彼の優しさに甘えて、本質的な部分を見れなくなっていたのかもしれません。

「あいつは優しいよなあ」周りの人達は口々にそう言います。そんなことないですよと本人は言います。いや、あなたはやっぱり優しい。しかしその優しさは時には周りの目を濁らせてしまいます。そして一番に自分の目も濁らせてしまいます。

誰にでも優しい人は、自分自身に対しての優しさも持ち合わせないといけない。誰かが喜べば誰かが辛い思いをしていることだってあるんです。優しくした分だけ自分には厳しくなりすぎてしまうんだと思います。こうしてどんどん溜め込んで立ち上がれなくなってしまう人もきっといる。優しさは時には最悪のフィルターを作ってしまいます。

 

自分に優しくできていますか?

そういう意味でぼくは本当に自分のことを優しいとは思いません。ぼくはそうやって優しさ故に自分を壊してしまう人を見たことがあるから、せめて自分はそうならないようにしようと、利己的に合理的に物事を考えました。

もしあなたが誰かに優しいと言われることがあったら、少しだけ自分のことを見つめ直してみてくれませんか。誰かに優しくしすぎて自分に優しくできていなくなってたりしませんか。優しい人でありたいのなら自分にも優しくしてください。きっと自分にもしっかりと優しく出来る人が本当の意味で優しい人だと思います。