高知に引越して環境で人が変わることを改めて実感した話

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この話の結論をいきなり書いておくと、「環境を変えると人は変わるよ」って話です。

まあこんなのは知っている人は知っていると思うのであえて書く必要はないかもしれません。

ただ、今回の記事は主に僕の実体験で出来ていて、それでいてデメリット(?)もしっかりと掲載しているので、「環境を変えたいけどどうなるか怖い」って人は読んでおくと何か得るものがあるかもしれません。

具体的には「22年間東京で過ごしてきて自分で事業を経営してきた若輩者がいきなり限界集落と呼ばれるド田舎に移り住むとどうなるか」の半年間の記録です。

 

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東京から高知に引越して半年が経った 

4月に高知に引越してからなんだかんだ半年が経ちました。

いやー早いですねー。

半年って早い。

「へえ!ずっと東京に住んでたのにいきなり高知に引越したんですか!どうですか田舎は?」

こんな質問を数え切れないほど受けました。

「別にそんなに不便だとは感じませんよ。Amazonも届きますし」

そういえば家入さんが高知を訪れた時も同じ質問を受けた気がします。

「ああ、じゃあAmazonさえ届けばどこでも生活できるんだねえ」

そう言われて「確かに」と思ったのも事実ですし、現に僕はAmazonさえあればどんな環境でも適応して生活できるのかもしれません。

だから生活がどう変わったかとか、不便だとか、便利だとか、田舎は自然があって良いとか、東京と比較してなんてものは、いくら書いたところで不毛かなと思っています。

僕の中の結論では、別に限界集落だろうが大都会だろうが住むのには苦労しないということです。

 

ではそれよりも何が言いたいかと言うと、具体的には僕自身の変化です。

 

半年間の日常は

たぶん検索で探してくる人たちが気になるのはさっき挙げたような東京都の比較とか田舎暮らしについてのことなんでしょうけど、今回はそういったことはあまり書かないようにします。

これは僕のブログなのでもちろん読者さんが居てこそ記事は読まれるわけですが、まあ他人の日記とか備忘録とかを読んでるつもりで見て頂ければ。

おもしろくないやと思ったらブラウザを閉じてもいいしね。

 

で、本題に戻りますが、僕はこの半年間で人はやっぱり環境で変わるということを改めて実感しました。

計画的偶発性理論。プランドハプンスタンス。

僕はこの言葉を信じていますし、正にその通りだと思いますが、今回の僕のケースはわかりきっていたことだし、なるようにしてなったことなのかなとも思っています。

正直なところ偶然というよりは必然的に、つまり事実としてこんなことが起こるよってのが言いたいのです。

 

僕は今、高知の限界集落の山奥に平屋と2階建ての離れ、それからよくわからないけど広大な土地を、東京で女の子と居酒屋に行った時ぐらいの金額を支払ってそこに住んでいます。

近くのスーパーには車で20分程度。コンビニは30分くらい。

幸いAmazonは届くので、僕は基本的に生活用品はAmazonで賄っています。

 

住開きをしているおかげで、こんなところに住んでいながらもブログ経由とかTwitter経由でそれなりに人はやってきます。

しかし、それでも東京に居た時と比べると圧倒的に自分の時間が増えます。

めんどくさいし、行く宛もアポも無いからひたすら山奥にこもってパソコンの前に座っているわけです。

こちらも幸い、ありがたいことに東京で作り上げた事業を運営しながら、これは完全にボーナスですがこのブログでもお金を作れているので生活には困りません。

 

そんな毎日を半年間送り続けると人間はどうなるのか。

人間は環境の奴隷ですから、もちろん環境に応じて変化していきます。

最初は山や川に遊びに行ったり、童心に返った気持ちで田舎を満喫していました。

なんだかんだ初めてやる農業は少しであれば楽しくもありましたし、川で魚を獲ったりするのは初めてやる遊びでとても刺激的でした。

 

しかし、そんな生活も3ヶ月も経てば「当たり前」になってきます。

以前までは楽しくやっていたことも次第に面倒になり、あまり自分からは手を出さないようになり、そしてまたパソコンの前に戻る。

完全なヒキコモリの出来上がりです。

 

また、僕は東京が好きですし、あと普通に仕事もあるので月に1回くらいは4~5日程度東京に行くのですが、行く度に「ああ、やっぱ東京も楽しいけど疲れるし大変だし高知に戻りたいな」と思うのです。

そういう時は本当自分でも驚くくらい高知の山奥が恋しくなります。

そして、高知に戻ってくると「落ち着くわー」とまたパソコンの前に座る生活が始まります。

しばらくはこれの繰り返しでした。

 

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人と話すことが大好きだったはずなのに、コミュニケーション能力が驚くほど下がった

ただ、7月8月くらいから明らかにコミュニケーション能力が低下していることに気づき始めました。

以前は割と楽しくワイワイするタイプだった僕が飲み会でもあまり口を開けず、目も合わせないレベルにまでなってしまったんです。

 

ハッキリと気づいたのは8月の東京でのとある飲み会。

今まで何度も会ったことがあるはずなのに、会話をするのが怖いと感じました。

そしてまた「早く高知に帰りたい」とその時は思いました。

 

そんな体験を通して、僕は「やっぱり人と会わない高知が僕の居場所なのかもしれない。東京では無理して人と話していたのかも」と思ったわけですが、そんな「コミュニケーション能力の低下」をコンプレックスとして実感しながら1ヶ月以上が経ち、また少し違う感情が芽生えてきました。

 

僕は別に高知がめちゃくちゃ好きなわけではなく、ここを避難所として使っているのかもしれません。

だって、やっぱり人と話すのは凄く好きですし、楽しいんですよね。

ただ、それが環境的に気軽にできなくなったおかげで「自分はめちゃくちゃ内向的な人間なんだ…」と勘違いしてしまったんだと思います。

本当はもっと楽しくコミュニケーションを取ったり、バカみたいに飲んだり、意味のないドライブをしたり、気になっているカフェに遊びに行ったり。そういうことがしたいのかもしれません。

 

考えることが大好きだったはずなのに、そんな時間が嫌いになった

高知に来てから人と会う時間が減ったり、それに伴って仕事の時間も減ったおかげで、一人で考える時間が増えました。

しかし、今の僕にとってその時間は苦痛でしかありません。

以前の僕ならば、考えることが大好きだった僕ならば、ほどよく訪れる一人の時間を多いに楽しんでいました。

 

でも今は、多すぎる自分の時間をどうすればいいのかわからなくなっています。

僕は考えることが好きなので、テーマがあったらたぶん人一倍考え込むタイプなんですが、そんな思考の時間もありすぎると毒なんだなと思いました。

もうここに来てから何度となく同じことを考えましたし、何度となくやるべきことを挙げました。

時間はたっぷりあるので、自分がやりたいことはどんどん消化してタスクは以前よりもすぐに減っていきました。

だから、僕はどうすればいいかわからなくなりました。

こうして毎日同じことを繰り返す生活に少しずつ嫌気が差してきました。

このままだと思考をしなくなって、全てが停止した人生を送ってしまう。そんな気もしてきました。

 

それでも僕は今後どうしていくか、もっと明確なものが見つかるまでは今の日常を繰り返すんだと思います。

雇われの身ではないので会社の奴隷ではありませんが、僕は恐らくこの環境の奴隷です。

奴隷のまま一生を終えるつもりはありませんが、現状何をするべきなのかはあまり思い浮かんでいません。

 

環境の奴隷で終わりたくない人間はどうすればいいのか

幸い僕には謎の行動力だけは残されているので、怖いと思いながらも、今の環境は楽だから動きたくないなと思いながらも、何かしら行動を起こすことはできます。

自分を変えたいなら環境を変えるべき。

そして今の自分は計画的偶発性理論をあまりうまく活用できていない。

考える時間が多すぎてこのまま進めばどんなことが起こるかはある程度必然的に理解できています。

だったら、やはり自分が変われる環境に身を置くことが大切だな、と改めて考え直しました。

まあ高知から引っ越すつもりはありません。とりあえず3年くらいはいるつもりです。

ただ、ここを拠点としながら様々な場所に行ってみたいなとは思っています。

パソコン1台あれば仕事が完結することですし、好きなようにやりたいと思った時に動くべきなんですよね。

 

ひとまず10月前半は東京。後半は大阪にそれぞれ1週間くらい滞在します。

来月は決めていませんが、どうしようかな。なんかおすすめな場所があったら教えてください。

あとは年が明けたら1ヶ月くらい千葉に滞在予定です。

そのあとはどこか温かいところにまた1ヶ月くらい住もうかと。

九州とか沖縄あたりがいいですね。

 

そんなわけなんで、高知の山奥に引きこもった影響でコミュ症を完全に発揮していますが、もし良かったらご飯食べたり、お酒飲んだりできたら嬉しいです。

とりあえず直近の10月前半7日~13日くらいと、大阪の22日~27日くらいの間、絶賛お話受付中です。

ブログの話でもキャリアの話でもなんかこうくだらない話でも何でも良いですので良かったらリプとかDMくだされば時間が会えばご一緒しましょう。

美味しいところ教えてくれたらご飯くらいはごちそうします。

そんなわけで「人と会う時間が減ると、コミュ症になり、何をすればいいのかわからなくなるよ」という環境を変えて起こった1つの事例でした。

ではではご連絡お待ちしております。