年下の後輩を尊敬できる上司になれていますか?

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こんにちは起業家ブロガーのぶんたです。

みなさんの周りにはどんな人がいますか?

ぼくは最近こそブログのおかげで同年代の人と会う機会が増えましたが、それまでは3040代の大人とばっか接してきました。

18歳で起業してから3年間、様々な大人に会い、時には蔑まれ、時には応援され、時には叱咤激励を受け、評価され、そして今のぼくがいます。

 

振り返ると今のぼくを作ってくれたのはそういったステキな大人の人たちからのひとつひとつの温かい言葉でした。

 

ただ、いつの時代も年齢や仕事の優劣で人を判断してしまう人が本当に多いです。他人よりも上の位置に立つのは構いませんが、もう少し歳下の人たちにも目を向けてみてはいかがでしょうか?

 


 

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年下になればなるほど情報の多い時代を生きている

ぼくが年下の人間を尊敬すべきだなと思う理由に環境の違いがあります。

世の中は凄い速度で回転し、どんどん情報量が多くなっています。当然この情報の増大はなくなるものではありません。

つまり自分より年齢が下である人たちはまた観点の違う時代を生きているのです。ぼくらとは価値観も、得られる情報の量も違うでしょう。

この情報の海の中で、最も必要なデータを精査し、しっかりと自分の糧に出来る人間。

そんな人には誠心誠意尊敬の眼差しを向けるべきだと思います。

 

情報が増えれば増えるほど、そこから本当に価値のあるものを拾い上げるのは至難の業になってきます。

しかし彼らにはその可能性があるのです。たった1年違うだけでもぼくらとは環境も情報量も違ってくるのです。

 

あなたが同じ年齢の時に同じことができたか?

ぼくは高校生の時、大好きな先生の指導のもと受験勉強をガリガリやっていましたが、受験を辞め起業してしまいました。

その先生は2年間以上かけて付きっきりでぼくを育ててくれました。土日だろうが構わず、ぼくに勉強する空間と時間と知識を与えてくれました。たぶん親よりも、下手をすれば友達よりも濃く長い時間を過ごしたと思います。

 

そんな先生の期待と教えに反し、ぼくは結局大学を1つも受験しませんでした。

そのときぼくは後ろめたい気持ちでいっぱいで、先生との関わりや連絡を一方的に絶ってしまいました。

 

当然、何度も連絡をもらいましたが、それも無視。起業準備で忙しかったのもありますが、それよりも合わせる顔がありませんでした。

 

いざ中退をする時、ぼくはどうしても謝っておきたいと思い、先生に連絡をしました。2,3時間して学校の近くのファミレスで会ってくれることになりました。

怒られるのと呆れられるのを覚悟で、ぼくは自分の状況とこれからやろうと思っていることを話します。もちろん教えてくれたことへの謝罪も含めて。

きっと呆れて言葉も出ないんだろうなそう思いながら発した想いに返ってきたのは予想外の言葉でした。

 

「そうなんだ!凄いなお前!俺のとこに来ない間、起業のこととか色々勉強したんじゃないか!?やっぱりすげえよお前は。俺がお前の年の頃なんて受験勉強しかしてこなかったぜ?ちゃんと自分で考えたんだな、頑張れよ

 

ほっとすると同時にぼくはなんだか泣きそうになりました。

 

「はい!!頑張ります!!!大人になったら一緒にお酒飲んでくださいね!」

 

なんだか肩の荷が降りて、それと同時にぼくは大人が何たるべきかを知りました。

その先生がどういう思いでぼくを指導し、導いてくれたのかも理解しました。

良い大学に行くために勉強を教えてくれていたと思っていたぼくの考えは間違っていて、先生はぼくに自分で考えて将来の道を作るために指導してくれたんだと感じました。

そのために自分の時間まで使い知識を付けてくれたんです。

思えば先生が教えてくれたのは「勉強」ではなく「自分で考えて学んで答えを出すこと」だったと想います。

勉強の計画を軌道修正し、間違いがあれば徹底的に直して、そうやって自分で道を作るための材料をくれたのです。

  

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尊敬し、共有し、育てろ

だからこそぼくは歳下だったり後輩こそより多く接するべきだと思っています。

いや、年下や後輩という括りではちょっと甘いですね。本当に尊敬すべきは「自分が知識を共有出来て育つ人」です。

 

当たり前ですが、彼らには彼らの飛躍する時代がやってきます。

そしてぼくらにはぼくらの飛躍する時代、ひょっとしたらもう過ぎているかもしれませんが人生で一番跳んだ!と思える時代が必ず来ます。

 

自分の道を開くのはもちろん自分自身ですが、その道を歩きやすくするためにランタンや寝袋、テントなどを支給してあげるのは先人の役目でしょう。

もちろんその支給品が彼らの歩む道で使えるかはわかりません。

もしかしたら山道ではなく海を渡りたくてボートが必要になるかもしれません。

でもいつか山を歩く時が来たら「ああ、あの時受け取っておいて良かったな」としっかり思い出すでしょう。

新品じゃなくても彼らは自分自身でリノベーションして新たな物に作り変える知識があるかもしれません。

 

彼らが自由に歩ける道を。もっと高みに登るための道を。作っていきませんか?

もったいぶって頭でっかちになるくらいなら、もっとアウトプットしてあげましょう。

彼らにはきっと必要なときが来るはずです。